茨城県屈指の名将

本日、茨城県高校野球屈指の名将、木内監督が逝去されました。

我々の世代の茨城人で、この監督を知らない人はいないという程の超名将でした。

向こう30年は茨城の高校が甲子園で日本一になる事は無いであろうと言われていた1984年当時。

無名の公立高校「取手二高」で破竹の快進撃を続け、そのまま茨城県を日本一に導きました。

その当時は日本最強だったPL学園が、超高校級の清原&桑田を擁し、夏の甲子園を3連覇する勢いでした。

その日本最強PL学園をくだし、夏の3連覇を阻み、茨城人ですら期待していなかった取手二高がまさかまさかの優勝をしました。

当時の茨城の木内フィーバーは凄まじいものでした。

僕もその頃の事を鮮明に覚えています😊

木内監督はその後、常総学院に移り、3回の日本一、甲子園では驚異の40勝を記録します。

茨城弁丸出しの飄々とした喋りで、データに裏打ちされた奇策を効果的に使った兵法は「木内マジック」と呼ばれ、恐れられた程。

後に球界を代表するピッチャーとなり、現メジャーリーガーのダルビッシュ投手を打ち崩し「ダルビッシュ打ち」という言葉が生まれた事もありました。

我々の世代を何度もワクワクさせてくれた木内監督。

ご冥福をお祈り致します。